いわゆる枕営業事件とホスト事件
枕営業事件判決は、不法行為を構成しない。これに対してホストとして稼働している顧客は不法行為となる、という正反対の考えもあるようです。
これらは、「自然の情愛によって生じたかにかかわらず」とあるようですが、この辺りは建前論といわざるを得ず、セックスレスの夫婦の場合、夫に風俗で遊んできてほしいと願う妻もいます。
本判決は,仮に本件不貞行為の存在が認められるとしても,その内容は,本件クラブ及びそのママであるYにとっての優良顧客であったAとの間で,当該優良顧客状態の継続期間中,主として土曜日に,共に昼食を摂った後にホテルに行って性交渉をし,その終了後に別れることを月に1,2回繰り返したというものであって,この頻度はAが本件クラブを訪れる頻度と整合していたから,Aの性交渉の相手方がYであるとすれば,当該性交渉は典型的な「枕営業」に該当すると認定した。
第三者が一方配偶者と肉体関係を持つことが他方配偶者に対する不法行為を構成するのは,当該不貞行為が他方配偶者に対する婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益に対する侵害行為に該当することによるものであり,ソープランドに勤務する女性のような売春婦が対価を得て妻のある顧客と性交渉を行った場合には,当該性交渉は当該顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず,何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないから,たとえそれが長年にわたり頻回に行われ,そのことを知った妻が不快感や嫌悪感を抱いて精神的苦痛を受けたとしても,当該妻に対する関係で不法行為を構成するものではないと解されるとした上で,クラブのママやホステスが「枕営業」として顧客と性交渉を反復・継続したとしても,売春婦の場合と同様に,顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず,何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないから,そのことを知った妻が精神的苦痛を受けたとしても,当該妻に対する関係で,不法行為を構成するものではないと解するのが相当であると判示し,Aの性交渉の相手方がYであったのか否かについては判断しないで,Xの請求を棄却した。なお,本件不貞行為発覚後のYの対応を巡るXの慰謝料請求については,Yが本件不貞行為を否認し,その請求を拒否したこと自体が独自の不法行為を構成するとみることはできないとした。
「枕営業」としての性交渉を妻のいる顧客との間で反復・継続した場合や,売春婦が妻のいる顧客と対価を得て性行為を反復・継続した場合に,それらが当該妻に対する関係で不法行為を構成するかが問題となった裁判例は見当たらないが,少なくとも売春婦の場合については,本判決の上記判示のような理由から,不法行為性は否定されるであろう。
他方,「枕営業」の場合については,性行為に対する直接的な対価が支払われるものでなく,また,クラブのママやホステスが「枕営業」をする顧客を自分の意思で選択することができるという点がソープランドに勤務する女性による売春行為とは異なるところ,本判決は,前者については,「枕営業」の相手方となった顧客がクラブに通って,クラブに代金を支払う中から間接的に「枕営業」の対価が支払われているものであって,ソープランドに勤務する女性との違いは,対価が直接的なものであるか,間接的なものであるかの差に過ぎず,後者については,出会い系サイトを用いた売春や,いわゆるデートクラブなどのように,売春婦が性交渉に応ずる顧客を選択することができる形態のものもあるから,この点も,「枕営業」を売春と別異に扱う理由とはなり得ないと判示している。
この判示には一理あると思われるが,これまでの裁判実務では,累次の最高裁判決,特に最二小判昭54.3.30民集33巻2号303頁,判タ383号46頁が「夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持つた第三者は,故意又は過失がある限り,右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか,両名の関係が自然の愛情によつて生じたかどうかにかかわらず,他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し,その行為は違法性を帯び,右他方の配偶者の被つた精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。」と判示していることを受けて,性交渉が愛情の発露であるか,遊びであったかにかかわらず,当該性交渉の時点で夫婦関係が破綻していない限り,不法行為該当性は認め,遊びであった場合は慰謝料額を低めに認定するという取扱いをしてきたとみられることからすると,本判決の上記判示が是認されるのかどうかには疑問の余地もある。その意味で,本判決が控訴されずに確定してしまい,上級審の判断がされなかったことは惜しまれる。
もっとも、本判決は社会的実態に即したものとして、社会科学的には興味深い判決といえる。
枕営業判決
第1 請求 第3 当裁判所の判断 1 本件不貞行為の存否(太郎の不貞行為の相手方が被告であったのか否か)については当事者間に争いがあるが,仮に,本件不貞行為の存在が認められるとしても,本件不貞行為の内容は,請求原因によれば,本件クラブのママである被告が,顧客である太郎と,平成17年8月から平成24年12月までの間,月に1,2回,主として土曜日に,共に昼食を摂った後に,ホテルに行って,午後5時頃別れることを繰り返したというものであり,また,太郎の陳述書(甲1)の記載内容も,上記7年間に2,3回,お小遣いとして1万円を渡したことがあったこと,平成24年の後半に入って以降は,太郎の方から積極的に誘うこともなくなり,被告からの連絡も来なくなって,自然消滅のような形で関係が終わったことなどが追加記載されている以外は,上記請求原因と同じである。また,同陳述書及び弁論の全趣旨によれば,太郎は,平成12年から株式会社Eの代表取締役を務めており,本件クラブには,平成17年3月に行って以来,月に1,2回の頻度で通うようになり,一人で行くことが多かったが,同業者を連れて行くこともあったこと,太郎が本件クラブに行ったのは平成25年4月26日が最後であったことが認められ,この認定に反する証拠はない。 2 第三者が一方配偶者と肉体関係を持つことが他方配偶者に対する不法行為を構成するのは,原告も主張するとおり,当該不貞行為が他方配偶者に対する婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益に対する侵害行為に該当することによるものであり,ソープランドに勤務する女性のような売春婦が対価を得て妻のある顧客と性交渉を行った場合には,当該性交渉は当該顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず,何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないから,たとえそれが長年にわたり頻回に行われ,そのことを知った妻が不快感や嫌悪感を抱いて精神的苦痛を受けたとしても,当該妻に対する関係で,不法行為を構成するものではないと解される(原告は,当該売春行為が不法行為に該当しないのは,正当業務行為として,違法性を阻却することによる旨を主張するが,違法性阻却を問題とするまでもないというべきである。)。 ところで,クラブのママやホステスが,自分を目当てとして定期的にクラブに通ってくれる優良顧客や,クラブが義務付けている同伴出勤に付き合ってくれる顧客を確保するために,様々な営業活動を行っており,その中には,顧客の明示的又は黙示的な要求に応じるなどして,当該顧客と性交渉をする「枕営業」と呼ばれる営業活動を行う者も少なからずいることは公知の事実である。 このような「枕営業」の場合には,ソープランドに勤務する女性の場合のように,性行為への直接的な対価が支払われるものでないことや,ソープランドに勤務する女性が顧客の選り好みをすることができないのに対して,クラブのママやホステスが「枕営業」をする顧客を自分の意思で選択することができることは原告主張のとおりである。しかしながら,前者については,「枕営業」の相手方となった顧客がクラブに通って,クラブに代金を支払う中から間接的に「枕営業」の対価が支払われているものであって,ソープランドに勤務する女性との違いは,対価が直接的なものであるか,間接的なものであるかの差に過ぎない。また,後者については,ソープランドとは異なる形態での売春においては,例えば,出会い系サイトを用いた売春や,いわゆるデートクラブなどのように,売春婦が性交渉に応ずる顧客を選択することができる形態のものもあるから,この点も,「枕営業」を売春と別異に扱う理由とはなり得ない。 そうすると,クラブのママないしホステスが,顧客と性交渉を反復・継続したとしても,それが「枕営業」であると認められる場合には,売春婦の場合と同様に,顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず,何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないから,そのことを知った妻が精神的苦痛を受けたとしても,当該妻に対する関係で,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。 3 そこで,これを本件についてみるに,上記1の認定事実を総合すると,太郎は,原告が主張し,太郎が陳述する不貞行為開始時点の平成17年8月の約5か月前から,本件クラブに月に1,2回は定期的に通い,企業の社長として同業者を連れて行くこともあったものであって,本件クラブやそのママである被告にとっての優良顧客であり,そのような優良顧客状態が本件不貞行為終了時まで続いていた上,太郎がしていた不貞行為の態様は,主として土曜日に,共に昼食を摂った後に,ホテルに行って性行為をし,その終了後に別れるというもので,「枕営業」における性交渉の典型的な態様に合致する上,このような態様の性交渉を月に1,2回繰り返したというものであって,その頻度は太郎が本件クラブを訪れる頻度と整合していたのであるから,太郎の性交渉の相手方が被告であるとすれば,当該性交渉は典型的な「枕営業」に該当すると認めるのが相当である。 なお,原告は,7年以上にわたって原告の夫と肉体関係を持ち続けた被告の行為は,異性としての好意がなければ存続し得ないなどと主張するが,原告主張の本件不貞行為の期間中,太郎が本件クラブの優良顧客であり続けたことは上記認定のとおりであり,そうである以上,その期間「枕営業」が続くことは何ら不自然ではないから,原告の上記主張を採用することはできない。 そうすると,本件不貞行為が太郎の妻である原告に対する不法行為を構成することはないというべきである。 4 原告は,大阪事件判決を挙げて,本件不貞行為も不法行為を構成する旨主張するが,大阪事件判決(甲9,10)は,当該判決の対象事件のうちの不貞行為に基づく損害賠償請求事件で不貞行為の相手方とされた女性(以下「A」という。)が,当該不貞行為をした男性(以下「B」という。)の妻(当該損害賠償請求事件の原告。以下「C」という。)が勤めていたクラブの後輩のホステスであり,Aとともに何度も海外旅行に出かけたほか,BをAの自宅に通わせて,性交渉を繰り返し,Bが深夜にA宅から出てきた現場をCが押さえたことを契機として,上記海外旅行の事実も発覚して,BとCの婚姻関係を破綻させたと認定しているものであり,AがBと海外旅行に何度も行ったり,Bを自宅に通わせたりしている点で,「枕営業」の範囲を逸脱していることが明らかであるから,本件不貞行為とは事案を異にし,本件に適切ではない。 5 原告は,昭和54年最判及び平成8年最判を挙げて,「枕営業」であろうとも不法行為を構成するというのが判例であるかの如き主張をする(なお,原告は,上記各最判の出典として,判例タイムズしか挙げていないが,両最判は,いずれも,最高裁判所民事判例集に登載されている正式の判例である。)が,このうち,昭和54年最判の判示事項は「妻及び未成年の子のある男性と肉体関係を持ち同棲するに至った女性の行為と,右未成年の子に対する不法行為の成否」であって,不貞行為が未成年の子に対しては不法行為を構成するものではないと判示した点のみが判例とされているものである上,当該事件の事案では,確かに肉体関係を持った女性はホステスではあったが,相手方男性との間の子を出産し,その後,同棲するに至っていると認定されているから,「枕営業」である本件とは事案を全く異にするばかりでなく,原判決が,相互の対等の愛情に基づいて生じた関係は当該男性の妻に対して違法性を帯びるものではないと判断した部分について,そうであっても当該妻に対する関係では不法行為を構成するとして,当該原判決を破棄したものであり,「枕営業」も相手方男性の妻に対する関係で不法行為を構成するとしたものではない。また,平成8年最判の判示事項は「婚姻関係が既に破綻している夫婦の一方と肉体関係を持った第三者の他方配偶者に対する不法行為責任の有無」であって,甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において,甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは,特段の事情のない限り,丙は,甲に対して不法行為責任を負わないと判示した点が判例とされているものであって,これまた,「枕営業」が相手方男性の妻に対する関係で不法行為を構成するかどうかについて判示したものではない。したがって,原告指摘の上記各最判は,いずれも本件に適切ではなく,原告の主張を採用することはできない。 6 なお,原告は,本件においては,被告が営業目的をもって太郎との肉体関係に及んだとの主張は,いずれの訴訟当事者からも提出されていないと主張するが,不法行為に該当する事実は,請求原因事実であって,その主張立証責任は原告にあるから,原告の上記主張は失当というほかない。 7 また,原告は,被告が原告の慰謝料請求に対し,本件不貞行為自体を否認し,その請求を拒否していることにより精神的苦痛を受けたと主張するが,被告の上記行動それ自体が独自の不法行為を構成するとみることはできない。 第4 結論 以上によれば,原告の請求は,その余の点について検討するまでもなく,理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 (裁判官始関正光)